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「セブン・デケイズ(70年)」特別な7月に集った19名のアーティスト

70年の過去を振り返り、次の10年へ

Myanmar

Jul 19 - Jul 31, 2018

7月19日はミャンマー人にとって特別な日だ。1947年7月19日、アウンサン将軍ら独立の立役者たち9名が、暗殺により命を落としたのだ。そしてこの7月、殺戮の現場となった旧ビルマ政庁では、19名のミャンマー人アーティストを集めた企画展「セブン・デケイズ(70年)」が開催された。

“特別な7月”に70年を振り返る

旧ビルマ政庁は英領時代に総督府として建てられ、独立運動や民主化運動の舞台となってきた。2005年のヤンゴンからネーピードーへの遷都で閉鎖されたが、2018年1月に芸術家支援集団ピンサラサが建物の一画を借り受け、いくつかの企画展を成功させてきた。
ピンサラサの創始者のひとりでアメリカ人キュレーターのナタリー・ジョンストンは、本展の始まりをこう振り返る。「7月19日はミャンマー人にとって大切な日。ミャンマー史を象徴するこの場所だからこそ、特別な7月にふさわしい企画展をしたいと思い立ち、テインリンに相談したのです」。テインリンは著名なパフォーマンスアーティストで、軍政下で政治犯として7年近くも収監されたが、刑務所内で道具を工夫し作品を作り続けたことで知られている。
彼は19日にちなみ、19名のアーティストを選出。「作品を通し各人の70年を表現する」というテーマだけを提示したが、集まった作品は政治色が色濃いラインナップとなった。「ミャンマーの芸術は政治と切っても切れません。19名中5名は、政治犯として長い投獄生活を経験していますし」とテインリン。彼の口調は生き急ぐような早口だ。

導入は便器と鉄格子

旧ビルマ政庁の敷地に入ると、最初に目にするのは玄関外に並ぶビルマ式便器の列、サンウーの作品「ウェイティング・トゥギャザー」だ。社会主義社会の下での人権や平和、芸術のための終わりなき戦いをビルマ式便器の列にたとえることで風刺した、と解説にある。
続く玄関ホールにはマウンディの「ヴィムッティ・ラサ(解脱的)」が。民主化が進むミャンマーでは政治犯の釈放が相次いでいる。薄い光が差し込む古色蒼然としたホールに佇む交差した2つの鉄格子(正確にはアルミの柵)は問いかける。本当にわれわれは自由を手にしたのか。精神の自由と肉体の自由は別もの。監獄から解き放たれたとして、「~イズム」の囚われの身となってはいまいか、と。
振り返れば、これら2作品が本展作品群の見事な導入となっていたのがわかる。

時代を表出する作品たち

メインの会場は、高い天井が広々とした空間をもたらす階上の2つのホール。平面や立体、ビデオ、漫画、メディアミックスなど様々な手法で表現した作品が並ぶ。特に注目を集めた3作品を紹介したい。
まず、チャンエーとピューモンの共同作品「ラビング・カインドネス(愛すべき優しさ)」。2007年に勃発した、僧侶主導の大規模民主化デモ「サフラン革命」を表現している。この騒乱で、軍は日本人ジャーナリストを含む市民複数を殺害した。軍からの托鉢拒否を象徴するひっくり返した托鉢鉢の背後には、当時の記録映像を映写。テーマのわかりやすさゆえか、サフラン革命を知らない世代の若者たちの足も止めていた。
続くM.P.P.イェミンの平面作「カンサー(癌)1,2,3,4」品は一瞬、ポップでお洒落な印象さえ与えるが、描くのは社会の貧困を招いた政府による身勝手な廃貨や、庶民を破滅に追い込む商業主義といったこの数十年に起こった深刻な社会問題だ。
ホールの奥で目を引くのは、大量の切り株が並ぶエイコーの「ジ・アンフィニッシュド(終わりなき)」。刻まれているのは、民主化のために闘った無数の学生たちの名前だ。太い眉と大きな瞳が印象的なエイコーは、切り株を選んだ理由を「樹木は切り倒されても切り倒されても脇から芽吹く」と説明する。タイトルの「終わりなき」に続くのは「闘争」だろうか、「希望」だろうか。
この作品で印象的だったのは、腰を落として熱心に何かを確かめている観覧者が何人もいたこと。きけば、知り合いの名を探しているという。中には自分の名前を探していた人もいただろう。そう、サフラン革命も投獄も、彼らにとってはテレビニュースや教科書の中のトピックではなくまさに同時代の、わが身に起こった出来事なのだ。

ミャンマーコンテンポラリーアート始まりの時

70年を振り返った作品群はくしくも、いや、ミャンマー近代史の必然として、過去の体制批判というもうひとつの共通テーマを浮き上がらせたが、もう一歩進んだ風景を見たかったという物足りなさは感じざるをえない。しかし、こうした大規模な企画展が特別な7月に特別な場所で開けたことこそが今のミャンマー美術界においては画期的な出来事であり、観る者にも創るアーティスト側にも次の展開を感じさせる出来事となった。
テインリンは本展の意義をこう強調する。「過去を振り返ることが目的ではなく、振り返るための新しい芸術を生み出すことこそが重要なのです」。実際、ミャンマー社会が決別すべき暗い歴史の回顧展でありながら、荒削りなミャンマー美術の「今」のプレゼンテーションでもあった。確かにここには、次の10年への期待を膨らませてくれる、ミャンマー美術の胎動が脈打っていたのだ。

Information

セブン・ディケイズ 7 Decades

開催期間
2018年7月19日〜31日
会 場
旧ビルマ政庁(The Secretariat)
Corner of Maha Bandula / Bo Thein Phyu Rd., Botahtaung Tsp., Yangon
電 話
09-4272-73018

文責: Maki Itasaka