GALLERIES

獄中から自由描く芸術、今も民主化訴え テインリン氏作品を所蔵する博物館「Memory of the Past」

Myanmar

ミャンマーの芸術家は、この国の暗い歴史に大きく翻弄されてきた。また時に芸術は、軍事政権と戦う武器となった。そうした芸術家のひとりが画家のテインリン氏だ。欧米で高く評価される同氏の特徴は抵抗の芸術ともいえ、ミャンマー現代アートの一側面を代表している。そのテインリン氏が収監中に、隠れながら描いた作品が、ヤンゴン郊外にある政治囚の歴史を展示する博物館に展示されている。

囚人服の布地に描いた狂気

ここは民主化活動などで投獄された元受刑者らでつくる政治犯支援協会(AAPP)が、過去の歴史を忘れないために設立した小さな博物館「メモリーオブザパスト」だ。これまでに数千人が政治犯として逮捕されていることや、看守による虐待行為などについて解説され、重い気持ちでいっぱいになりながら、ふとその奥の目立たない位置に展示されていた3枚の絵画に気づいた。もしやと思い尋ねると、元政治囚のガイド男性は「テインリン氏が獄中で描いたものだ」と解説した。

  • テインリン氏が獄中で描いた代表作

  • テインリン氏の絵画について説明するガイド役の元政治囚

その一つは、彼が獄中で描いた作品の中でもよく知られるものだ。囚人服として使われた伝統衣装ロンジーの布をキャンバスにして描いたという。手に入る布で作ったためか、不自然に縦長の作品で、カギのかかった格子の奥に人の顔が描かれている。そして、頭から格子の外に向けて、果実の生る枝のようにも、頭から噴き出るアイデアのようにも見えるものが描かれている。また、格子の下側にも根のようなものが伸びる。獄中にいても、自分の思考は自由だと主張しているのだろうか。
 また「真実の中の影」と題された作品では、牢獄の鉄格子なのか鎖なのか、束縛を感じさせる模様に、手や瞳、口や鼻がばらばらに配置されている。彼の作品の中には、牢獄における苦しみや狂気を描くものが多いが、そのひとつと言えそうだ。また、別の絵画では、格子のようなマスの中に不自由に収まっている鳥や魚を描いている。

  • 獄中で描かれた「真実の中の影」

多数の協力者に支えられた創作活動

1998年に政治囚として逮捕され、刑務所に収監されたテインリン氏は、こうした絵画を独房で描いた。素手やライター、注射針、コーヒーの粉など、看守と物々交換をしたもの、外部からの差し入れなどで手に入るものなど、わずかな素材を利用して制作した。協力してくれる看守を見極め、作品を隠し、排せつ物を処理すると見せかけて独房の外に作品を運び出し、協力者に外に運んでもらう…。こうした多数の隠れた協力者の努力の積み重ねが、収監中の創作活動を可能にしたという。彼はのちに「監獄にカメラは持ち込めないが、アートであれば記録し表現することができると考えた」とインタビューで語っている。また、作品の売れ行きや批評家の評判を気にしなくていいという点で、獄中ではむしろ創作活動に集中できたとも語っている。

  • 囚人服の布やコーヒーの粉などを使って制作された作品

1988年の民主化運動に参加し、芸術家としても活動していたテインリン氏は、約7年の厳しい囚人生活を経て2004年に釈放された。しかし、その後社会復帰がままならず、ヤンゴンで路上生活を余儀なくされた時期がある。それでも、彼は獄中で描いた作品を世に出そうと発表の場を模索していた。そうした時に出会ったのが、のちの妻になる英外交官のビッキー・ボーマン氏(元英国大使・現在はヤンゴンで市民団体代表)だ。ボーマン氏らの手助けによって、彼の作品は国際的に紹介された。こうして、テインリン氏の名前と、ミャンマーの政治囚の置かれた現状は、世界に知られるようになるのだった。その後の彼の作品にはしばしば、ボーマン氏がモデルと思われる白人女性が登場する。

芸術が民主化運動で果たした役割

テインリンはこのほか、政治囚の手の形を石こうでかたどった「挙手」という作品を発表している。これまでに数百人の手の形を記録。ニューヨークなどでインスタレーションの形で展示している。手をかたどると同時にインタビューも行い、どのような人生を送っていたのか記載したカードを含めて作品に昇華させている。この作品の一部も、この博物館で観ることができる。

  • テインリン氏のインスタレーション「挙手」の一部

テインリン氏だけではなく、ミャンマーの現代史の中では、アートを用いて民主活動や人権運動に尽くした人は多い。「アウンサンスーチー氏に次いで有名」とされる民主活動家、ミンコーナイン氏は詩人であり画家でもある。同博物館には、テインリン氏の作品に並んで、ミンコーナイン氏の仏教と人間の心をテーマにした作品も展示されている。そのほか、同博物館では、平和的な表現活動などで現在も収監されている政治犯を記録しており、10月原準の時点で54人が有罪判決を受け収監中だ。
そのひとりが、人権派映画監督のミンティンココジー氏だ。同氏の写真も博物館に掲示されている。そのほか、「タンジャ」と呼ばれる伝統的演劇で国軍を批判したとされた劇団「ピーコックジェネレーション」の団員5人は、10月末、懲役1年の有罪判決を受けた。

  • 映画監督や劇団員など現在も収監中の芸術家がいる

この博物館は政治囚の悲惨な生活やミャンマーの現状の厳しさを強く訴える。その中に位置づけられるテインリン氏らの作品は、ギャラリーや展示会で鑑賞するときとは違う強烈なインパクトを見せる。それは作者が表現したかったことが、最も明確に示されている場所でもある。

文責: Yuki Kitazumi