NEWS/COLUMN
鈴木一絵、藪本 雄登(協力:チュム・チャンヴェスナ)
Lim Sokchanlina "National Road Number 5", 2015, Digital C-Print, 60 x 90 cm
カンボジアの悲劇の現代史は誰もが知るところであるが、1970年以降の内戦、ポル・ポト政権による自国民の死(1975-78年のクメール・ルージュ軍による知識人や文化人の虐殺などにより自国民に壊滅的な犠牲を強いる)、その後のベトナム軍介入、92年の国連PKO介入を経て、93年に民主主義国として新たなカンボジア王国が成立。現在も普通選挙による民主主義国家ではあるが、2017年には選挙で躍進した野党が政府により解党させられるなど、強権政治が続いている。
国民の7割が30歳以下、平均年齢が25歳という若い国であり、芸術分野においても、8〜15世紀に栄華を誇ったクメール王朝美術の流れを汲む伝統美術の担い手たちは、クメール・ルージュ時代にほとんど失われてしまった。現代美術作家となると、内戦の影響により幼少期に家族とともに国外移住を余儀なくされた世代および内戦後に生まれた世代が中心となり、2000年代以降に現代美術シーンが出来上がったと言える。
Sopheap Pich
Art Basel in Hong Kong, 2019
2017年にヴェニス・ビエンナーレに出展したことで日本でもよく知られるようになったソピアップ・ピッチは、家族とともに避難した先の難民キャンプのアートスクールで美術に出会い、その後アメリカで美術教育を受け、現在は籐や竹を使った大規模な現代彫刻を制作する作家として国際的に活躍している。ソピアップの他にも、同様の経緯でアメリカやフランス等の移住先で美術教育を受け、後に国際的に活躍するようになった作家は多く、また、作家のみならず国外で生活するディアスポラによる資金支援によって、欧米でカンボジア人作家の展覧会が開催される機会も増えている。
国内の美術教育の場としては、フランス統治下の1917年に王立芸術大学が、隣接する国立博物館が1919年に設立され、クメール・ルージュ軍政権下での強制閉鎖・その後の再開を経て、国内唯一の公立芸術教育機関および博物館として、いずれも主として伝統的なクメール建築および美術を扱う。その他に公立美術館はなく、アーティストや研究者が立ち上げたグループやスペースが、現代美術の担い手育成に重要な役割を果たしている。1998年には国内の近現代美術の保存と促進を目的に活動するレユム・インスティテュート・オブ・アート・アンド・カルチャーがリー・ダラブーとイングリッド・ムアンによって設立された。内戦時代に失われたカンボジア美術の研究・保存などを主目的として活動しているが、設立初期には現代美術の展覧会を奨励するなど、作家たちへの発表の場を提供してきた。
Sa Sa Art Project
"Breath – Graduate Exhibition of Contemporary Art Class"
Sa Sa Art Project, 2020
2007年には、6人の作家がアート・コレクティブ「スティーブ・セラバック」を結成し、その後2009年に、サ・サ・アートプロジェクトを立ち上げる。結成時には、ドクメンタ13への出展作家で、内戦の傷跡や記憶を扱う写真・映像作品を制作する作家ヴァンディ・ラッタナも参加していた。その後、2011年には、キュレーターのエリン・グリーソン氏とともにギャラリー兼オルタナティブスペースのサ・サ・バサックを開始する。サ・サ・バサックは2017年に閉業するまで、カンボジア初の現代美術専門ギャラリーとして、国内外の著名な作家の紹介や、海外機関とのネットワーキング、アーカイブなどに力を入れ、環境整備に大きな貢献を果たした。
サ・サ・アートプロジェクトは現在も継続しており、活動開始時には近代建築遺産のホワイト・ビルディング(1964年建設、2018年解体)に、現在はプノンペン市内中心地に拠点を移し精力的に活動しており、アーティスト/キュレーターのリノ・ブースが中心となって、クヴァイ・サムナンやリム・ソクチャンリナらと共に、展覧会、アーティストインレジデンス、現代美術スクールなどのプロジェクトを実施し、若い世代の作家に対する機会の提供や、情報のアーカイブなどを主目的として活動している。サムナンは、写真・映像・パフォーマンスを駆使して社会的メッセージ性の強い作品を制作する作家であり、ドクメンタ14にも出展し、活躍の場を広げている。
Khvay Samnang "Preah Kunlong"
2016-2017, Digital C-Print, 80 x 120 cm
Lim Sokchanlina "Wrapped Future II"
2017-2019, Digital C-Print, 80 x 120 cm
サ・サ・アートプロジェクトの他には、現代美術に特化したアートスペースはないが、映画監督のリティ・パンが立ち上げた視聴覚資料のアーカイブであるボパナ視聴覚リソースセンターが、写真や映像を使った作品を制作するアーティストにとっての作品発表や経験を積む機会を提供している他、ドイツやフランス等外国文化機関のギャラリー、カフェやホテル内のギャラリーなどで展覧会が開催されることもある。
カンボジアの現代美術作家の多くが、自国の歴史の暗い部分に向き合わざるを得ず、内戦が残した傷跡や、途絶えた歴史による断絶を埋めること、記憶の風化を防ぐための実践を続けている。同時に、急速な経済発展を遂げるカンボジア社会が抱える問題や個人的な経験を扱う若い世代の作家も台頭しており、現在の現代美術シーンを牽引する力強いイニシアチブを持った世代の後進がどのように層を厚くしていけるのか、今後に注目したい。