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2019年11月末、ヤンゴンの老舗画廊「ローカナッギャラリー」で、軽食を片手にベテラン芸術家らが美術談議を重ねるテーブルの中心にいたのは、画家のムームー氏だった。普段はミャンマー中部のピンウーリンのアトリエで創作活動をする同氏が個展「ミステリアス・ムームー」を開催したのだ。
ムームー氏の作品テーマは幅広い。人間の影を描いたもの、親子の姿が焼けるような橙色がベースで描かれたもの、亡霊のような顔が浮かび上がるものなど、ムームー氏の作品には、鑑賞する人に疑問を感じさせるものも散見される。必ずしも人物が魅力的には描かれておらず、それぞれの抱える苦悩を描き出しているようだ。そうかとかと思えば、恋愛に興じる男女を軽いタッチで描き、人生のそれぞれのシーンを切り取っている。
ムームー氏の描く対象は多様だ
ひとつひとつの作品に幅広い表現がみえる一方で、2019年の作品群を見回すと、「生きる」ことについて描いているという共通点が浮かび上がる。「私の描くもののほとんどは、毎日の生活を描いたものです」と本人は解説するが、牧歌的な生活ではなく、特別な瞬間を抽出しているようだ。
1955年生まれのムームー氏は、ミャンマー北部のザガイン管区モンユワ出身。現在も中部の避暑地ピンウーリンで創作活動を行うなど、アートマーケットが比較的大きい都会ヤンゴンで暮らす他の画家とは一線を画す。2000年代に入り国際的に評価され、アメリカやフランス、シンガポールなどの展示会に出品。2019年8月にはスウェーデン・ストックホルムの美術展でも展示されている。
「物質と精神」
2019年
アクリル画
30cm × 30cm
ムームー氏は必ずしも人を美しく描かない
彼の作品には突如として登場するシンボルが、馬だ。「私は馬が好きだったのです。私の若いころの風景を思い出します。なぜだかわからないのですが、頭に浮かんで、書きたくなるのです」とムームー氏は説明する。また、カエルもそのひとつだ。いずれもなぜ書きたくなるのか自分でもわからないという。そのなぜだかわからない偶然が、不思議な運命となることもある。
自分の体験をもとにした作品
「ミステリアス」
それは「ミステリアス」と題した作品に象徴的に表れている。この作品の中には、ムームー氏自身をイメージした全裸の画家が絵を描く姿がある。ある時、彼は依頼によって西洋画を描こうとしていたところ、いつの間にか馬を描いてしまっていた。しかしそれがむしろ評価され、作品の名声を高めたという。後年、馬の作品を購入した収集家から「これはあなたが持っていたほうがいいのではないか」と贈呈を申し入れられることもあったという。ムームー氏は丁重に断ったというが、それほど作者の思い入れを感じさせる作品だったということなのだろう。
また、「執着」と題された白と黒を基調にしたアクリル画にも馬が登場する。座禅する男の旨には、まるで赤子を抱くように馬が抱かれている。「男は解脱しようとして座禅を組んでいますが、あらゆるこの世への執着が襲い掛かってきます。何を食べたい、何をしたいなど。私にとって、この執着が馬なのです」とムームー氏は説明する。そのことは作品を見ただけの鑑賞者にはにわかに理解できないだろうが、そのわからない不思議さも含めて作品に昇華させている。
「執着」
2019
アクリル画
71cm x 71cm
彼が謎や不思議さを強調するのは、世界にはムームー氏自身も感嘆するような謎があり、彼自身その隠された深淵に魅せられたということだろう。謎を理論的に探求して解き明かすのではなく、その謎の持つ美しさを表現する。それがムームー氏の真骨頂だと言えそうだ。
海外でも活躍するムームー氏