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絵を愛し、絵に愛された画家 スタイルの魔術師M.P.P.イエミン

MPP Yee Myint
Myanmar

M.P.P.イエミンほど、様々な手法を用い、多彩なテーマを追い求めている画家はいない。

テーマによって次々と画風が変化

2019年11月、イエミンは「ハッピーディジーズ2」展をヤンゴンで開催した。何点ものキャンバスに、2色ないしは単色で幾何学モチーフを繰り返し描くシリーズで、2018年から続いている。

  • ハッピーディジーズ2展

  • "Happy Deasea's Ⅱ"
    2019
    162×111cm

イエミンはこのシリーズのテーマをこう説明する。「幸福と不幸は表裏一体。病気でも考え方次第で幸福な気持ちになれるし、健康であっても不幸にもなる。これらの絵を見て何を感じるかは、あなたの生き方に対する知恵の問題なのです」。

同時期に開かれたチャリティ展示即売会に彼が出品したのは、10年ほど前から続けている「ミャンマーレディーズ」シリーズの1作。民族衣装の布をキャンバスにし、水彩画風に仕上げた古典様式の女性を小さな手漉きの紙に描いて、貼り付けている。

  • "Myanmar Ladies"
    2019
    162×111cm

これらだけでも同じ画家が描いたとは思えないほど画風が異なるが、ほかにもゴッホのタッチでバガン遺跡を描く「ゴッホ、バガンへ行く」シリーズやモンドリアンをほうふつとさせる抽象画のシリーズまで枚挙にいとまがない。なぜ彼はこれほどタッチやスタイルを変え続けるのだろうか。

映画界、そして監獄へ

M.P.P.イエミンは1953年、マンダレー近くの地方都市ミンジャンに生まれた。彼が最初に夢中になったのは映画のポスターで、中学1年の時。そこで絵を習いに行ったのが色彩理論の専門家だったウィンペーで、その後進んだ美術学校で師事したのも、奇しくも同名のアーティスト、ウィンぺーだった。後にイエミンは、尊敬する2人の師と敬愛する母親(ビルマ語で「マー」)の頭文字をとり、M.P.P.イエミンを名乗るようになる。イエミンもよくある名で、同名の他の画家と違いを出したかったからだそうだ。
美術学校時代の1970年、モダンアートの旗手だった大学での彼の師ウィンペーが当局に疎まれ、学校を追い出されてしまう。イエミンも彼について大学を去ると、映画監督でもあったウィンペーの映画製作を手伝うようになる。
しかしイエミンは1974年、ウ・タント事件(*)に連座して投獄。獄中の生活は1979年まで続いた。しかしこれが転機となり、1979年の釈放後はヤンゴンのモダンアーティストたちのコミュニティに出入りするようになり、ついには海外で作品が評価されることに繋がる。

( * 国連事務総長を務めたウ・タントが亡くなった際、その遺体の帰還を巡って軍と学生が衝突した事件)

  • "Cancer 1"
    2018
    116cm×91cm 

  • "Cancer 3"
    2010

テーマによって次々と画風が変化

投獄を経たアーティストの多くは、釈放後により政治色の強い作風へと変わっていくが、彼も例外ではなかった。少し違うのは、それは彼の一面でしかなかったという点だ。この頃から彼の描く絵は多様性を増し、紙や絵の具など使用する素材や技法が多岐にわたるようになる。
たとえば冒頭で紹介した「ハッピーディジーズ」は具象性を一切排した1色画だ。「印象派以降、具象画の画家たちは1色の絵の具だけで絵が描けるわけがないと言う。だからあえて1色で描いてみたのさ」とニヤリ。現代アートの存在意義が既存芸術の破壊と再提示にあるのだとしたら、彼はまさにそれの実践者といえる。

  • 精霊信仰を描いた作品は、主に海外の美術館が買い取った

テーマが先が、画風が先か

しかし、嬉々として自身の工夫を説明する彼を見てわいた疑問をぶつけてみた。絵の具の厚みや模様のバリエーションを絵で遊ぶことがそもそもの目的で、「テーマは後付では?」と。少々失礼な質問かとも思ったが、なんと彼の答は「あ、わかる?」と実に嬉しそう。
そこで「ミャンマーレディーズ」も、和紙に古典風の女性を描いてみたかったのが動機なのかと問うとこちらは否定。女性への尊敬の念や神秘性を表現するテーマが先で、それにふさわしい素材や描き方を模索した結果なのだそうだ。

世に訴えるなら、わかりやすさが大切

一方、最近取り組んでいる「バガンの癌」シリーズは、近年の彼にしては珍しく完全な具象画だ。彼が愛し、20年以上も住み続ける古都バガンがユネスコ世界遺産になったものの年々「破壊」されていくことを憂いたこのシリーズだけがなぜ具象画なのか。これに対する彼の答えもクリアだ。「政治的・社会的メッセージをこめた絵は、誰が見ても理解できるストレートな表現であるべきだ」。

  • Bagan Cancer
    2019
    116cm ×91cm

  • Bagan Cancer
    2019
    116cm ×91cm

先日、バガンにある彼のアトリエを訪れて驚いた。100号を超える大作の制作を、何枚も同時進行させていたのだ。具象画が続くと抽象画で気分を変えたり、時にまったく新しい技法を試してみたり。
絶えず何かを追い求め、衝動に突き動かされるように猛烈な勢いで筆を進めるイエミン。彼は本当に、魂の底から絵を描くことを愛しているのだ。どうすれば爆発しそうなその心を表現できるのか、模索したくてたまらないのだ。そして絵画もまた、そんな彼を選んだのだろう。芸術と芸術家の幸福な関係を、垣間見た気がした。

  • 彼が描いた家族や恩師の絵であふれた自宅居間

  • 何枚も同時進行するバガンのアトリエ


文責: Maki Itasaka