NEWS/COLUMN
Nov 22, 2019 - Mar 22, 2020
東南アジアから熱い風が吹いてくる。我々は、その源泉がどこにあるかは知らないけれど、その風を頬に感じるのは、東南アジアの大都市であることは知っている。
シンガポールでは、第6回シンガポール・ビエンナーレ(タイトルは "Every Step in the Right Direction" )が開催されている。このビエンナーレは、4回目からシンガポールの地政学的位置を強く意識し、東南アジアを中心にした参加アーティストの布陣でアート界を驚かせた。が、その判断は間違いではなかったようだ。
ビエンナーレのようなイヴェントの方針変更は、時として尻窄みの末路を迎える引き金となる。地政学的問題が主な理由だとはいえ、なぜ東南アジアにこだわるのか? シンガポールが都市=国家として生き延びていくには、それを取り囲む国々との関係を良好に保つ必要がある。だが下手をすると、上述のように失敗の憂き目に遭う。私がしばらくシンガポール・ビエンナーレを控えていた訳は、そこにあった。同じアジアに属するとはいえ、東と東南では方角が違う上に、歴史的な成り行きがまるで異なる。その条件の下にあるビエンナーレが、自ら地域を狭めてローカルに閉ざそうとしている。ということで、シンガポール・ビエンナーレは私の興味の範囲から次第に薄れていったのだ。
では、今年久しぶりに訪ねる気になったのは、なぜだろうか? それは、ビエンナーレとは無関係(ではないかもしれない)に、近年アジアのアーティストの活動が目立ってきたからである。とりわけ2017年のカッセルのドクメンタ14に登場した何人かのメコン川流域出身のアーティストの作品は、私に鮮烈な印象を残した。そのとき、東南アジアに何かが起こっていると直観した。その動向を探るには、東南アジアの現代アートにフォーカスするシンガポール・ビエンナーレに行くしかない……。
というわけで、私は6年ぶりにシンガポールを訪れた。ビエンナーレが模様替えされてから3回目だが、観賞し始めてすぐ、昔はまだ荒削りだった出展作品が洗練されているのを感じた。メコン川流域出身のアーティストに限っても、Lim Sokchanlina(1)、Vandy Rattana and Phare, The Battambang Circus(2)(以上、Cambodia)、Vong Phaophanit and Claire Oboussier(3)(Laos)、Min Thein Sung (Myanmar)、Arnont Nongyao、Busui Ajaw、Dusadee Huntrakul(4)、 Korakrit Arunanondchai、Paphonsak La-or、Prapat Jiwarangsan、Ruangsak Anuwatwimon(5)(以上、Thailand)、Le Quang Ha、Ngoc Nau(以上、Vietnam)と、多彩な顔ぶれが揃っている。これに地元のシンガポールと地続きのマレーシアを加えれば、見ごたえ十分な作品が並べられる。
(1)"A Good Event in Tokyo"
2018
Single-channel video and mixed media installation
by Lim Sokchanlina
https://www.singaporebiennale.org/art/lim-sokchanlina
(2)"Phum Style"
2005, 2019
Performance, documentation of performance, and bamboo and painting on canvas (2 panels)
by Vandy Rattana and Phare, The Battambang Circus
https://www.singaporebiennale.org/art/phare,-the-battambang-circus
(3)"Never real historians, always near poets"
2019
Single-channel video
by Vong Phaophanit and Claire Oboussier
https://www.singaporebiennale.org/art/vong-phaophanit-and-claire-oboussier
(4)"The Map for the Soul to Return to the Body"
2019
16 ceramic sculptures on custom-made pedestals
Variable dimensions
by Dusadee Huntrakul
https://www.singaporebiennale.org/art/dusadee-huntrakul
(5)"Reincarnations (Hopea Sangal and Sindora Wallichii)" 2019
Glass, stainless steel and paper
Dimensions variable
by Ruangsak Anuwatwimon
https://www.singaporebiennale.org/art/ruangsak-anuwatwimon
たとえば、ユートピアとディストピアとツーリズムが一緒に押し寄せたような佇まいの現在のシンガポールの若手筆頭株 Kray Chen(6)は、この都市の複雑な社会情勢を仄めかす軽妙なストーリー、マレーシアのOkui Lala(7)は、マレーシアの多言語社会を雄弁に映し出すレクチャーによって、ともに彼らのユーモアの感覚をいかんなく発揮し、気候変動で酷暑化したかのような熱帯地方に一服の清涼剤となっていた。
(6)"5 Rehearsals of a Wedding" 2017
Single-channel video
by Kray Chen
https://www.singaporebiennale.org/art/kray-chen
(7)"National Language Class: Our Language Proficiency"
2019
3-channel video and stereo sound
by Okui Lala
https://www.singaporebiennale.org/art/okui-lala
東南アジア、とりわけメコン川流域の国々の優れた現代アートを生み出すパワーの源は何なのか? それを探す旅はバンコクそして台中(台湾)の展覧会へと続くのだが、垣間見えてきたものがある。次回のバンコク編では、その一端を記すことにしよう。
文/市原 研太郎
美術評論家。1980年代より展覧会カタログに執筆、各種メディアに寄稿多数。著書に、『マイク・ケリー "過剰の反美学と疎外の至高性"』(1996年)、『ゲルハルト・リヒター/光と仮象の絵画』(2002年)、『アフター・ザ・リアリティ―〈9.11〉以降のアート』(2008年)、『現代アート事典』(共著、2009年)等。また、『Identity Ⅳ』(2008年)、『Reality/Illusion』(2010年、ベルリン)等の展覧会企画も手掛ける。現在は、ウェッブサイトArt-in-Action(http://kentaroichihara.com/)を中心に活動(大型国際展やアートマーケットなど世界のアートシーンのリサーチ)を展開している。