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タイにおける現代アートの概略と現在

Thai

アウラ現代藝術振興財団
代表 藪本 雄登
チュラロンコーン大学 コミュニケーションデザイン学科
教授 隅 英二

 Money, Tawang Wattuya, Photo Eiji Sumi at Bangkok Art Biennale 2020
* All photos were taken by Eiji Sumi except for the one marked 'courtesy of the artist', but no photo credit is required.

アウラ現代藝術振興財団(Aura Contemporary Art Foundation) は、アジアにおける近代化や都市化等の影響により、そこに本来存在していた人間的な素晴らしいコト、モノや価値観等が消滅していく状態を目にし、それに抗う草の根活動を助成するため設立した財団である。財団のヴィジョンは、「その土地にしかない、そこにしかない価値(アウラ)」を維持、さらに発展させることが世界の安定や平和に繋がるのではないかという仮説に基づき、展示会、シンポジウム、地域研究やアーティストへの助成活動や作品のコレクションを行っている。

今回、当財団で助成を行っているバンコクアートビエンナーレ(BAB2020)の紹介を皮切りに、「タイにおける現代アートの概略と現在」について述べていきたい。今回は、日本、ニューヨーク、タイ、昨今ではアジア近隣諸国で活動する著名な現代アーティストであり、タイ在住で、チュラロンコン大学で教鞭を取られる隅英二教授の監修の下、共同で執筆している。

タイの現代アートの近年は世界的に有名な海外の展覧会で活躍する作家を多く輩出する中、進化する国内の国際展、ギャラリーシーンと地方都市美術館、そして問題定義型の展覧会の開催などにより年々世界からの注目度が増してきている。

今年で2回目にあたるタイ国開催の BAB2020(会期:2020年10月29日〜2021年1月31日迄)がコロナ、政治デモで揺れるバンコクで始まった。当財団として助成を行う理由は、BAB創立者のアピナン・ポーサヤナン氏の生き様に共感するから。日本でいう文化庁事務次官時代に、国際展を主導したが叶わなかった。その後、タイでの国際展の実施を諦めきれず、アピナン氏の人間的な魅力に集まったスポンサーやアーティスト達で2018年に遂に実現した。今回の BAB2020 はコロナにも関わらず、バンコク市内10ヶ所、35か国の82アーティスト、200作品以上という大規模国際展を実現している。他方、国や行政が主導する国際展は、奇しくも同じ年に、タイランドビエンナーレとして開催されている(2018年度はクラビ開催、2021年はコラート開催予定で、芸術監督は、日本を代表するキュレーターの長谷川祐子氏となっている。)また、半中央集権型の草の根をヴィジョンに展開するバンコク バイアニアル(ジェフ ゴンペズ、リー アナンワット、リアム モーガン創設)も今年の10月から来年の10月に3期に分けて開催される。

初回であった前回の BAB2018 はツーリストアトラクション色が濃い印象も受けたが、今年のビエンナーレは、「Escape Routes(逃げ道)」というタイトルの通り、社会、政治、環境など問題定義色が強く現れている。世界の諸問題や COVID-19 を踏まえた「逃げ道」は、海外、自国、地下、宇宙に逃げる、うちに籠る、飛び抜ける、三次元に逃げる、大国に抱き抱えられる、マイノリティを受け入れる、排除する等、私達には一体どんな逃げ道が与えられているか、多くの示唆が与えられる場になっている。

今回注目すべきことは若者のアートと政治に対する関心の変化である。学生主導で始まった現軍事政権に対する批判デモは収まる気配を見せず、王政の改革要求にまで発展し、混乱を極めているが、政治に対する関心が問題提示型の現代アートへの興味とあいなり若者の間で大きな地殻変動が起きている。BAB2020 の主要な展示場所である、バンコク芸術文化センター(BACC)も多くの来場者で溢れかえっているが、特にタイの若い人達が多くを占めており、驚きを隠せなかった。

今回の BAB はコロナの影響もあり海外アーティストの設営および制作に問題が生じたため、ビデオ作品が多くなったと聞いていたが、海外からの大物アーティストではアイウェイウェイが難民をテーマにした “Law of the Journey”(2016)、アニシュ・カポーがワットポー寺院に”Push Pull II” (2009)とそれぞれ大型作品を展示しており見応えがある。前回も参加のマリナ・アブラモビッチの“Rising” (2018)は温暖化をテーマにした作品でVR体験ができる作品でもある。オノ・ヨーコのカットピース(1964・2003)等、クラッシック作品も今回の展示には含まれている。

  • アイウェイウェイ (Ai Weiwei)
    Law of the Journey, 2016

  • アニシュ カポー (Anish Kapoor)
    Push Pull II, 2009

タイの作家ではルアンサク・アヌワトウィモンの作品”98 species of plants”(2020)で様々な厳しい自然環境下で耐えうる植物を展示し人類が住めなくなった世界を表現、映像作家のペンエク・ラタナルアンは” The Little Soldiers”(2020)で平凡な軍人の若者を映した痛烈な政治批判、他にも水彩画を操り巨大な世界の紙幣の絵画を制作するタワン・ワトゥヤ(2020)、”Dragonpanzer” でポーセリン磁器の戦車で残虐な戦争と栄光を表現しているワシンブリスパナッチウォラパッチ。

  • ルアンサク アヌワトウィモン
    (Ruangsak Anuwatwimon)
    98 species of plants, 2020
    Courtesy of the artist

  • タワンワトゥヤ (Tawang Wattuya)
    Money

  • ワシンブリ スパナッチウォラパッチ (Wasinburee Supanichvoraparch)
    Dragonpanzer

また、スコットランド出身のレイチェル・マックリーンの”It‘s what inside that counts”(2016)ではハイパーソーシャルメディアパラレル世界で生きる現代の変異した若者像を表現し、またウドンタニ地方出身の Lolay のミュータント化した彫刻”DO A TO MII- Doll1939, Doll 2020”ではグローバルなネット社会下で既成の存在価値感に従じないタイの若者を彷彿させられ、現在、バンコクで起きている政治デモにも納得がいく感がある。

  • Lolay
    DO A TO MII Doll 1939, Doll 2020

東南アジア作家では”Popil” 2018(当財団所蔵)で竜を模った覆面のクメールダンスで中国とカンボジアの緊密な歴史的な関係を表現しているクヴァイ・サムナンの作品は興味深い。

  • クヴァイ・サムナン (Khvay Samnang)
    Popil, 2018

さて、タイ王国の芸術と現代美術はスコタイから現チャクリー王朝と続く王政の支援そして王国政治と深く関わりを持ってきたが、中でもチュラロンコーン王(ラマ5世)は西洋の文化、様式を取り入れながらもタイの伝統芸術、工芸支援に尽力、芸術を通してタイ国民の意識にタイのアイデンティティを認識させることに力を注いだ。チャックリー改革と呼ばれる近代化への改革では鉄道、教育、奴隷制暫定廃止、徴兵制等、フランスの植民地化進出の野心減退及び、領域の保護に大きな役割を果たし、国王の役割を民族の利益保持と仏教の庇護としたワチラーウット王(ラマ6世)は国王直属の義勇部隊を作りタイナショナリズムの鼓舞に躍起になるが、絶対王政に不満を抱いた若手軍人による立憲革命構想クーデター計画の発覚の要因を作り、また元々ラオス民族の領域であったメコン川流域ではサイアム国家の圧力に対する反発が起こり、ウボンラチャタニではピーバンレベリオン(1901-1902)、タイ開放運動 (1933–1949)などサイアミーズ政府に対する反政治運動が繰り返えされることになる。

11月から始まったウボンアジェンダ2020展 Manifesto Agenda Summit(ウボンラチャタニ)では上記の地域の隠れた歴史議題をテーマにBABにも参加した作家 ニパン・オラニウェスナ、タネット・アウシンシリ、アイナ・プユタノン、ルアンサク・アヌワトウィモン、シンガポールビエンナーレ(2019)参加のドゥサディー・ハントラクル、プロプロテストのゲリラボーイズそして私、隅 英二を含む作家が王政、国境、民族、教育、歴史そして現在起こっているデモ等をテーマに作品を発表した。

  • ニパン・オラニウェスナ ( Nipan Oranniwesna )
    Then, one morning, they were found dead and hanged, 2020

12月10日の憲法記念日にはチェンマイに MAIIAM 美術館を創設したエリック・ブースが新しくMAIELIE美術館をコンギャンに創設し、コンギャンマニフェスト創案者タノン・チャパディのもとイサン地方歴史の議題をテーマに展覧会が開かれる。MAIIAM の名前は “真新しい”という意味だが MAIELIE はイサンの言葉で“真新しい”を意味する。

過去に遡れば、ラマ7世王政時代の1932年、プリーディー・パノムヨン率いるリベラル派のグループのタイ立憲革命により、民主主義が紹介され、絶対王政から立憲君主政体へ移行した。この事件はその後現在に至るまで何度も変わり起こるクーデターの始まりとなるのだが、この時代のリベラル派は芸術と建築を「階級差別のない民主主義のマニフェストのシンボル」として、王政時代建築とは対照的な、屋根が平らな建築物をラチャダムノン通り沿いに多く建造し、真実のタイの歴史を謳った低浮き彫りの彫刻を装飾したデモクラシーモニュメントを建造した。デモクラシーモニュメントは幾たびと起きている政治デモ同様、今回のデモでも重要な象徴的な役割をなしている。Documenta 14(2017)でアリン・ルンジャーンがこのデモクラシーモニュメントのイデオロギーの重要性をテーマにした映像作品 “246247596248914102516… And Then There Were None”を発表したのは記憶に新しいところである。

  • 写真:デモクラシーモニュメント

  • アリン・ルンジャーン(Arin Rungjang)
    “246247596248914102516… And Then There Were None”
    Courtesy of the artist

従来のタイの伝統芸術はテーラヴァーダ(上座部)仏教、マハーヤーナ仏教(歴史、主流の仏教)をルーツに持つが、イタリア生まれの彫刻家、美術教授シン・ピーラシーのもと、1943年にシラパコーン大学が設立され、西洋のアートが紹介されたことにより宗教以外のテーマや個人的な作風を産出することになるが伝統イメージと工芸、そして外国の影響の折衷主義的な作風のタイ建築、装飾芸術、写実絵画、印刷などが主流であった。タイ現代アートの変換期の大きな流れは、1970年代半ばに設立された北方都市チェンマイ大学の設立、そして1980年代半ばから西側諸国で勉強して戻ってきた作家が活躍し始めることに起因する。 

バンコクではパンティップ・パーバトラ・チュンボット王女を含むパトロングループが1974年に創設したBhrasri Institue of Modern Art(BIMA) が、既成のシラパコーン組織以外の作家を取り入れる展覧会を始め、前述のアピナン・ポーサヤナンが”How to Explain Art to Bangkok Cock”(1985)で初めてその年のナショナルアーティストとして選ばれ、またチュンポン・アピシックのキュレートによる初のコンセプチュアルアート展 (Folk-Thai-Time展, 1986)が開催され、カモル・パオサヴァスディなど多くのパフォーマンスアート、インストレーション、プロセスアートなどが紹介された。

一方、チェンマイでは、国際的に輝かしい活躍をし始めていたモンティエン・ブンマーがフランスから、アラヤー・ラートチャムルーンスックがドイツから帰国しチェンマイ大学で教鞭をとり始め、実験的なアート、そして、海外とのネットワークを広げるきっかけを作った。当時の生徒達からタワチャイ・プントゥサワディなど多くの作家が生まれた。特に、ブンマーはタイの現代アートの先駆者と評価されており、アクリルやキャンヴァス等の高価で伝統的な西洋画材を放棄し、土・砂・灰・焼き粘土・蝋、廃棄物など田舎の生活様式に密着した素材を使った表現で知られ、1980年以降の第三世界の作家の代表格となる。素材自体が持つ地域文化の中で育まれた内的意味合いと、アーティストによって形作られた二次的な形象によって、タイの宗教的、文化的、社会的な状況を作品に投影している。日本・立川の再開発の際に設置されたブンマーの「石鐘の庭」では「開発とは何か」、「宗教とは何か」、「西洋と東洋とは何か」ということを問いかける。

そして、大きな転機となったのは1992年に始まった Chiang Mai Social Installation(CMSI)の存在である。同じく80年代に海外に出たミット・ジャイインはウィーンで参加した展覧会を参考にした既成組織に依存しない形の展覧会を、タイ文化に根づく寺院の祭りの形式をとり、ウティット・アティマナと始めた。CMSIは表現の自由を掲げ、一般人を巻き込む形で1997年の最後の開催まで、海外作家及び、コミュニティー依存型の作品を多く発表した。ニコラ・ブリオーが掲げた「関係性の美学」のアイコン的な存在で、世界中で活躍するリクリット・ティラヴァニット(2022年の岡山芸術交流アーティスティックダイレクターに就任)、ナヴィン・ラワンチャイクンも含め多くの作家を招聘し、今日のチェンマイ及び、タイ現代アート文化確立の基礎を作り、以後、リクリット、ミット、カミンラー・チャイプラサートによる Land Foundation 設立 (2004)、カミンの 31st Century 美術館など様々な活動が活性化する。この時代の大きな意味は、アーティストが既存組織を頼らず自発的に活動したことにある。

先述のリクリットの「関係性の美学」の代表作である“Who's afraid of red, yellow, and green”についてだが、タイに於いては、アートに対する検閲も多く、王批判はもちろんのこと、過去に軍事政権批判も不敬罪で罰せられてきたため間接的表現方の色をテーマに作品を制作する作家が少なくない。リクリットはバーネット・ニューマンの抽象画“Who's afraid of Red, Yellow, and Blue”を模したタイトル『Who's afraid of red, yellow, and green 』展で政治闘争壁画を制作し, 3色のカレーをふるまうことで, 対立する赤(国民を意味する色、タクシン元首相支持派の色)と黄色(国王の誕生日、親王派の色)支持派の溝を再構築する空間を展開した。

  • リクリット・ティラヴァニット(Rirkrit Tiravanija)
    Who's afraid of red, yellow, and green, 2010
    Courtesy of the artist

2014年のクーデター後には 、より積極的なアイデンティティーを模索し、リアム・モーガンは 90年代に建築が頓挫し、放棄された超高層ビルを赤光で覆い、権力に対する頽廃と苦闘を明確に自己表示した。ビー・タカン・パタノパス は『gas-p 2t 』で空隙の人体彫刻に赤光(国民を意味する色)と青光 (君主、国王を意味する色)を使いタイ政治の浮き沈みを、一方、2015年、社会派若手作家、チュラヤノン・シリポル は”Myth of Modernity”で長期におよんだデモをドローンでズームアウトする技法を使い、何千もの黄色シャツの家族がデモ集会する風景が遠く、高くなっていくのをタイの階層図と絡ませ、権力の側から見た景色、そして、失われた信条と高尚で荘厳なセンシビリティー とはなにかを問いかけた。ナタナイ ジブンジョンは『The Royal Standard』で6面全て黄色に塗った部屋に陶器でできた赤のガルーダの羽をぶら下げ、王室の象徴である王室旗から飛び出した羽で現王政、そして過去の王政の存在と不在の疑問を投げかけている。

  • チュラヤノン ・シリポル (Chulayarnnon Siriphol)
    Center of the Universe, 2017
    Courtesy of the artist

私、隅も昨今、政治、都市、社会問題、及び、科学とアートの融合をテーマに作品を制作するが、タイ国の政治をテーマに2作品発表した。11月に開催されたUBON AGENDA 2020 で“マンゴの種・自由の哲学“では黄色(親王派の色)、青色(最近のデモ参加者に対して現政府が使った放水砲の水の色+君主、国王を意味する色)、透明色の水を使い洗脳と経済依存が個のイデオロギーの自立に及ぼす影響をルドルフ・スタイナーの自由の哲学の引用とマンゴの種の成長を通して表現した。また、シーソーをモチーフに民主主義と選挙をテーマにした作品”Play(e)scape・こことそこ“では円形プラットフォーム上の場所と参加者の人数及び体重バランスに応じて上下に傾斜する古典物理学の法則と共に、移り変わる政権、そして権力と貧富の格差が広がるタイ政治と世界の民主主義の矛盾を色の変化で表現した。

プライマリーカラーである赤、青、黄色の全てが政治の象徴色となってしまっているタイで、芸術家そして 社会がどのようにこの構造に対応、反応するのかは問われるところである。

  • 隅 英二
    マンゴーの種子・自由の哲学
    2020

  • 隅 英二
    Play(e )scape ・こことそこ
    2018

現在、国際展、ビエンナーレ等様々な展覧会で活躍するミット・ジャイインだが、政治活動家としての顔も持ち、1932年から定期的に起こっているタイ特有ともいうべきクーデターの歴史の中、Black May(1992年に起きた軍事政権スチンダ・クラプラユーンに対する抗議行動のために集まった群衆を軍事鎮圧し、多くの死傷者を出した事件)にもプロテスターとして参加しており、現在ではCartel(イタリア語源-プラカード、抵抗、挑戦)という名前のギャラリー(リクリットが展開する Gallery Ver と併設する N22アートコンプレックス内)で政治的な内容深い作家の展覧会を展開している。前述のバンコクバイアニアルは作家自立型の展覧会を展開するがカーテルはその中のパビリオンとしての役割を果たしている。バンコクバイアニアルの興味深い点はオープンソースシステムを構築利用することで国内外の多くの作家達の参加そして助成享受を可能にし、2つのビエナーレとは異なったダイアローグを発信していることにあるだろう。 

  • ミット ジャイイン(Mit Jai Inn)
    Beautiful Futures, 2018
    Courtesy of the artist and Photo Grapher Kan Nathiwutthikun at H Gallery BKK

ここ数年でバンコクのギャラリーも随分と増えたが、現代アートシーンの先駆けとなったのがオーストリア人のアルフレッド・ポーリンのVisual Dharma Galleryである。Magic Set 展I, II, Melancholic Trance, New Art From Chiang Mai(1992-1993)などのチェンマイの作家達が多く参加する展覧会を展開し、バンコクでもアヴァンギャルドな様々な作品が紹介した。アルフレッド・ポーリンは非常に残念なことに今年の12月初めに69歳の若さでウィーンの病院にて他界した。彼のタイアートへの貢献は図り知れないほど大きなものであったのだが、バンコクポストの記事でアピナン・ポーサヤナン氏は“タイのアート界は昔から現在に至るまで外国人の作家、評論家、ギャラリストなど様々な貢献を築いてきた外国人アート関係者を軽視する傾向が強く、彼は受けるべき評価と功績を最後まで受けることがなかった“と語っている。

1996年に創設された Project 304 では、 クリッティヤー・カーウィーウォン、エドゥアール・モルノーがキュレーターとして、モンティアン, カモル、ニッティ・ワトゥヤ、チャチャイ・プピア、マイケル ショワナサイ、アピチャートポン・ウィーラセータクン等のアーティスト達が創立者となり、メディア、タイムベース、Bangkok International Art Film Festival (BIAFF)Bangkok Experimental Film Festival(BEFF)など多くのイベントを立ち上げ海外のアーティストを積極的に招聘した。

また、この時代からはアピチャートポン・ウィーラセータクン(第55回カンヌ国際映画祭の”ある視点”部門グランプリ)やアリン・ルンジャーン(Documenta 14) 、女性アーティスト、ピナリー・サンプタック(Yokohama Triennale 2005)など世界の第一線で活躍する次世代の作家を多く輩出し、タイアートシーンが世界的に画一した位置を確立する。

  • MAIIAM Contemorary art museum
    アピチャートポン・ウィーラセータクン (Apichatpong Weerasethakul)
    The Serenity of Madness
    Courtesy of the artist at MAIIAM Contemporary Art Museum

国立大学チュラロンコーン大学のThe Art Center Chulalongkorn University (1995-2017)、コレクターとして名の通るペッチ・オサヌタナクラが運営するバンコク大学の Bangkok Art University Gallery (キュレーター:アーク・フォンスムット 2006-2019)等の大学のアートスペースも若手を含む国内外のアーティストの質の高い展覧会を展開し過渡期のタイアートシーンに非常に重要な役割を果たした。

また、タイシルクで有名なジムトンプソンが運営する Jim Thompson Art Center (アーティステック・ディレクター:クリッティヤー・カーウィーウォン 2003〜現在) 、BACC Bangkok Art Cultural Center (初代ディレクター:チャトヴィチャイ・プロムワタナ 2007)など国内外で活躍する作家の作品を継続して展示し、現在に至るタイの現代アートを支えてきたと言える。

最近では、Jim ThompsonのPresident でもある前述のエリック・ブナグ・ブースが自身の両親であるジャン・ミシェル・バードリーと故パツリ・ブナグと共に2016年に MAIIAM Museum を 立ち上げた。30年以上のプライベートコレクションは見応えがあり、またマレーシア国境に位置しマレー系イスラム教徒とタイ仏教徒及びタイ政府の争いで、3000人以上の犠牲者を出しているパタニをテーマにした企画展等ローカルを意識した展覧会を展開し注目を集めている。

1990年代からのタイ現代アート発展にはアジアの隣国、日本、オーストラリア、シンガポールなどの芸術機関も大きな役割を担い中でも福岡アジア美術館、ブリスベーンの Queensland Art Gallery シンガポールアート美術館(SAM)は東南アジアに焦点を置いたアジアの現代アートの知名度を上げる大きな原動力となった。

昨今では海外で活躍する若手のアーティストも多く台頭し、コラクリット・アルナノンチャイ(Whitney Biennale 2019, Venice Biennale 2019)、チュラヤノン・シリポル(第72回カンヌ映画祭スペシャルスクリーニング) 、先述のドゥサディー・ハンタクーン(Singapore Biennale 2013, 2019)とルアンサク・アヌワットワイモン(Singapore Biennale 2019)そして、パタニ出身のサマック・コーセム(Bangkok Art Biennale 2018)等、世界からも大きな注目を集めている。

以上の通り、世界レベルで現代アートシーンを切り開いてきたアーティスト達は、まだまだ健在かつエネルギーに溢れており、台頭する若手アーティスト達と切磋琢磨しながら、着実にアートインフラを拡充しており、これからタイから生まれる新しい表現や問題提起に期待するばかりである。


アウラ現代藝術振興財団 代表 藪本 雄登
2011年にOne Asia Lawyers グループを創業。私財を投じて「アウラ現代藝術振興財団/Aura Contemporary Art Foundation」を2019年に創業し、世界の『「いま」「ここ」にしか存在しえない精神的や内面的価値』を維持、発展させる活動に邁進している。
 
財団ホームページ: https://auraart-project.com/
Aura Asia Art Project:https://aura-asia-art-project.com/


チュラロンコーン大学 コミュニケーションデザイン学科 教授 隅 英二
1994年にニューヨークに渡り、光学、マルチメディアを応用した都市空間に設置されるインスタレーションや、多分野とのコラボレーションなどでホワイトキューブに収まらない芸術活動を重ねてきた。2012年にバンコクに拠点を移し、国立チュラーロンコン大学コミュニケーションデザイン学科でタイの若手クリエーターの育成に尽力する一方、巨大都市に暮らす人々の身体感覚を呼び起こし、その拡張を図り、科学とアートの融合、そして独自の国際感覚を背景に政治社会問題をテーマに作品を発表している。昨今では2017年ソヴェレイン アートプライズ香港 ショートリスト, 2018年アートサイエンス美術館シンガポールにてノーベル賞受賞物理学者リチャードフェインマンの生誕100周年の展覧会出展、2020年原美術館重慶中国にて出展。2020年現在、前述のルクリットが運営するギャラリー ヴァー所属の唯一の外国人作家でもある。2021年度はタイ、日本、チェコ、シンガポールでの展覧会を予定している。

*掲載している画像は、「courtesy of artist」以外全て著者である隅が撮影したものです。写真クレジットは特に必要ございません。