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論考: 水の越境者(ゾーミ)たち

- 大阪、ゾミア、船場資本主義とグローバリゼーション -

Japan

アウラ現代藝術振興財団 代表 藪本 雄登

1 海底より -大阪とゾミア-

私は、メコンの山岳地域、現代の「ゾミア」である少数民族、彼らのアニミズム的な思想、信仰に引き寄せられ、直感の赴くままにそのコレクションを継続してきた。メコンの山岳地帯はメコン川によって肥沃なメコンデルタ、砂州、最後には海に繋がり、そして海によって大阪へと繋がる。他方、大阪湾からは東に生駒山が、大阪湾の眼前には淀川と大和川によって形成されたデルタ地帯が広がる。私とメコン地域のアーティスト達が互いを引き寄せ合うのは、互いが古代の遺伝子において繋がっているからだと確信している。
 
「ゾミア」とは、東南アジア大陸部(ベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、ミャンマー)及び中国南部の山岳地帯とその地の人々を意味し、オランダの歴史家ウィレム・ファン・シェンデルがチベット語やミャンマー語の「Zomi(高地人)」に因んでそのように定義した。彼らは、国家による課税、兵役、奴隷等のいかなる支配から逃れ、アニミズムを信仰し、平等主義的な社会に暮らす小さき民達である。そのゾミアには、平野を追われ、山岳地帯に移住した現代のゾミアと、海に逃亡し、「水のゾミア」として移動し続けたものがいるという説がある。
 
古代の大阪は、中沢新一著『大坂アースダイバー』において、水の底から始まっていると述べられているとおり、船場等の大阪中心部は海の底から湧き上がってきた地である。大阪は、生駒山麓の縄文人達が作り上げた基礎の上にアジア大陸のモノカルチャーな世界感から離脱してきた水のゾミアが海底から作り上げた、「ゾミア」世界の最東の場所と言えよう。大阪人が持つ生命力や力強さは、「水のゾミア」の末裔として「ゾミア」が持つ野生の名残なのかもしれない。

海底から生まれた大阪は、海辺の土砂が作り上げた砂州の集合体である。砂州は「無縁の世界」を生み出した。中村元著『ブッダのことば -スッタニパータ-』によれば、ブッダは砂州に関して以下のように述べている。

所有がないこと、
執着してとらないこと、
これこそがほかならぬ砂州であり、
それを私は涅槃と呼ぶ。
それは老いと死の消滅である。

大阪は、古代から無縁者を寛容に受け入れてきた。中世においては聖徳太子が大阪で敗者である物部守屋との一体化を試みたり、戦国時代以降は敗軍の将を受け入れ続ける懐の深さを持ってきた。そのような大阪の懐の深さや「ぐにゃり」とした大阪人の柔らかさと優しさは、香村菊雄著『定本船場ものがたり』や荒木康代著『大阪船場 -おかみの才覚-』でも記されている通り、近代や現代大阪にも色濃く現れている。このような大阪・大阪人の性質は砂州が生み出した「無縁の世界」に由来するのではないか。

他方、メコン川は雨期・乾季によって水量が大きく変動し、砂州が生まれては消える。前述の大阪の性質は、そのような世界で生きるメコンの人々にも共通するものがある。
 
そんな「無縁の世界」である大阪は商都として資本主義を成立させる土壌を生み出した。海流と金銭は同じく流れ続けるものである。古(いにしえ)において潮の流れを制御するのに長けた「水のゾミア」の遺伝子は商品と金銭が流れる資本主義の世界で力を発揮する。その「水のゾミア」達の資本主義の中心が船場である。宮本又次の膨大な資料において船場独特の丁稚奉公や大阪商人の世界感が垣間見えたり、織田作之助『船場の娘』や山崎豊子『ぼんち』等の小説でその独特の世界感を生々しく体感することができる。大阪谷町のタニマチ文化も個性的だ。松下幸之助を筆頭として、現代では大林剛郎氏等の大阪人が、タニマチ文化の系譜を継承し、金銭を、私益のために使わず、社会の総体の「和」のために活用してなんぼの船場商人哲学を生み出した。正に聖徳太子の「和を以て貴となす」という哲学がここ大阪・船場に今でも脈々と受け継がれているのである。

大阪もメコン地域も、サバサバとした信用関係に基づいた「ご破算の世界感」の上に成り立っており、いつまでたっても物質・合理性至上主義の現代契約社会には馴染まない(私がいうのもなんではあるが、もはや馴染まなくていい、とも思う。笑)。

2 新たな海流を -船場資本主義とグローバリゼーション-

そのような文脈を踏まえて、大阪から船場資本主義を新しい概念として世界に提示できないだろうか。そのヒントは、「ゾミア」であるメコンの出展アーティストの中にあるのではないか。
 
ラオスでのフィールドワークの経験を有するフランス人哲学者セルジュ・ラトゥーシュは、著書『脱成長』で現代資本主義を批判しながらも、「成長という考えに対して抜本から反対を唱えることは、馬鹿げた発想である」と述べているが、全くその通りである。社会の基礎を維持するためには経済的な原資が必要である。この点、現代資本主義社会と深く繋がるグローバリゼーションは批判の対象ともなることも少なくないが、国家による検閲等の表現の自由の制限に常に晒されるメコンのアーティスト達にとっては、グローバルな世界がなければ、そもそも自由な表現すらままならない。

メコンのアーティスト達は、ローカルの世界とグローバルな世界をイコールで繋ぎ、その消失した境界をうまく泳ぎ続けている。例えば、幸か不幸か、カンボジア国内の現代アートマーケットはゼロと言っても過言ではないため、彼らの作品は生まれながらにしてグローバルな世界で生きることを宿命づけられている。彼らは作品と共に等身大のカンボジアの語り部として、世界を巡り、全世界にその価値を輸出しているのである。

もっとも、彼らの作品に通底しているのは現地主義である。ローカルのエッセンスを徹底的に抽出することに何よりも時間をかけ、その土地の風土、歴史、文化等を数千年、数万年レベルに渡って掘り起こしている。そして、それをグローバルな世界でも劣化しない強度にして、そのあるがままを世界に輸出している。彼らは市場に合せて作品を改変したり、市場を奪い合ったりしない、そもそも市場での競争に興味すらない。彼らの市場は全世界にあり、世界のどこかにいる普遍的な共感者を基礎とした経済循環の上に成り立っている。

そのアーティスト達は、インドネシアの「ルアンルパ」やカンボジアの「サ・サ・アート」等に代表される地域コミュニティにその対価を還元し、彼らのコミュニティの基礎を支え続けている。例えば、今回の出展アーティストのクヴァイ・サムナンやリム・ソクチャンリナは、サ・サ・アートプロジェクトの創立メンバーである。同プロジェクトは、展覧会、レジデンス、ワークショップの企画運営、雑誌、オンラインジャーナルといったオルタナティブメディアの制作、また、アートラボを創設した上で国内外の都市の問題や現象について調査・研究を行う。さらには、商業ギャラリー的な機能、作品マネジメント、制作受託などのビジネス事業や教育プログラムも手がけている。興味深いのは、そこには伝統的な美術教育を受けた者だけではなく、経済学、法学、文化人類学等、他分野の経験を持った者が集まっている点だ。組織としては小さいが、カンボジアの国際派アーティスト達がグローバルな世界で得た売上をコミュニティの活動に還元し、それによってコミュニティは自立し、循環するというエコシステムを構築している。
 
このようなメコンのアーティスト達が中心となって形成するコミュニティの持つ世界感は正に船場資本主義が持つそれと重なるのではないか。ルアンルパが、アジアのアートコレクティブを代表してドクメンタ15の芸術監督として登場することは世界にとっての必然であり、メコン地域にもその芽がたくさん植わっている。同じ土壌・世界感・遺伝子を持つ大阪にもその芽が植わっていると確信している。

3 さいごに

このような資本主義のあり方、グローバリゼーション/ローカリゼーションを越えたゾミアの思想や哲学をゾミア世界の最東の地大阪から発信すべきではないか。
 
前述のラトゥーシュは、「芸術の役割」について、「あらゆるアートは魔術に類似する力をもって」いる、そして、「アミニズムは物と環境を尊重する唯一の思想であり、重要なことは、世界の美しさの前で驚愕、感動する直感と能力を再生すること」であると述べている。私はその内容に強く共感する。その「アニミズム」の思想は、私達、ゾミアの遺伝子の奥底に埋め込まれており、私達ゾミアはその意味で、ラトゥーシュがいう「世界の再魔術化(聖なるものの価値を再発見し、美しさに感動、驚嘆する力を回復すること)」におけるキー・アクターとして、再び、世界に海流を生み出す存在となりうるのではないだろうか。
 
私は1988年に大阪・西三荘の病院で生を受けた。母方の祖父は門真の松下電産(現パナソニック株式会社)で勤め上げ、母親は、大阪の「水のゾミア」の血がそうさせるのか、シャチの調教師として和歌山県南紀白浜に居を移し、私も白浜で育った。大学卒業後は、大阪の伝統的な商人の血を引く親友に導かれてカンボジアの地に降り立った。そのカンボジアで出会った妻も谷町四丁目出身である。

それから10年強が経過した今、船場という商都大阪の中核・ゾミア世界の最東の地において、メコン川流域諸国の若手国際派アーティスト達とともにコレクション展を開催することができることとなり、「ゾミア」としての運命を感じる。
 
最後に、本コレクション展の開催に当たって、株式会社アートローグやプロダクション・ゾミア等の関係者各位に心から感謝の念をお伝えしたい。

以 上

<参考文献>
・中沢新一『大阪アースダイバー』
・中沢新一『アースダイバー 神社編』
・ジェームス・C・スコット『ゾミア――脱国家の世界史』
・鈴木佑記『水のゾミア試論 -東南アジアの海民を事例として-』
・久保忠行『難民の人類学: タイ・ビルマ国境のカレンニー難民の移動と定住』
・中村元『ブッダのことば-スッタニパータ-』
・谷川健二『四天王寺の鷹』
・香村菊雄『定本船場ものがたり』
・宮本又次『随想大阪繁盛録』
・宮本又次『大阪商人太平記』
・宮本又次『関東と大阪』
・宮本又次『大阪商人』
・宮本又次『船場 -風土記大阪-』
・荒木康代『大阪船場 -おかみの才覚-』
・三島祐一『船場道修町 -薬・商い・学の町-』
・織田作之助『船場の娘』
・谷崎潤一郎『細雪』
・山崎豊子『ぼんち』
・佐藤悌二郎『松下幸之助 -成功への軌跡-』
・北康利『経営の神様と呼ばれた男』
・大林剛郎『都市は文化でよみがえる』
・セルジュ・ラトゥーシュ『脱成長』
・国立新美術館、森美術館、国際交流基金アジアセンター編『サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで』
・Nora A Taylor、Boreth Ly 編『Modern and Contemporary Southeast Asian Art: An Anthology (Southeast Asia Program Publications)』