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なぜ紀南アートウィークを実施するのか

Japan

藪本 雄登

写真:Visit Wakayama.jp

コロナ渦や日本で乱立する芸術祭の中において、なぜ「紀南アートウィーク -ひらく紀南 籠もる牟婁-」を実施する必要があるのでしょうか、その意義や背景を簡単にご説明します。

前提として、紀南アートウィークの目的は、①紀南アートウィークでの展示、②レクチャー、ワークショップ等での情報発信を通じて、紀南地域/牟婁郡の歴史や文化を再発見し、紀南地域と全世界との文化的交流を深化させ、その素晴らしさを全世界に紹介することにあります。さらに、本活動を通じて、紀南地域の認知度やイメージの向上を図り、紀南地域に対する郷土愛や故郷への誇りをさらに醸成したいと思っております。

1 紀南アートウィークの背景について

まず、実行委員長を務める藪本は、和歌山県南紀白浜出身であり、約15年前に南紀白浜という港から飛び出し、カンボジアで事業をはじめました。現在、世界18拠点で法律事務所を展開していますが、世界各地で、ときに喜び・ときに苦しみながら多くの企業の支援をさせて頂いております。その過程で「グローバリゼーション」と「ローカリゼーション」とはなんだろう、その関係はどうあるべきだろうか、と悩むことが多くありました。

私個人としても「全世界で通用する新しい価値を生み出さなければ生き残れない」という強い危機感から、全く異なる場所に楔を打とうと、法律の世界からアートの世界に飛び込んでみました(しかも、カンボジアの現代アートの世界に)。カンボジアのアーティスト、その作品や創作姿勢に見たものは、まさに「ローカル=グローバル」の体現でした。これを故郷の熊野古道等に代表される「籠りの文化」と富田港から南紀白浜空港にアップデートされつつある「港の文化」として再構築できるのではないだろうか、世界の田舎に通底する「ローカル=グローバル」を視覚化した作品群を紀南地域/牟婁郡に集積すると、どのような科学反応が生じるのだろうか、ということを考えはじめました。

そのような中、偶然にも、カンボジアでは宮津大輔教授(横浜美術大学学長、森美術館理事)とのご縁を頂いたり、他方、地元では南紀白浜空港が2020年4月に民営化1年を迎えたこともあり、新しい取り組みにご協力を頂けたり、さらには実行委員会のメンバーにも恵まれ、遂に紀南アートウィークの実施のスタート地点にたどり着くことができました。

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2 紀南アートウィークは、なぜ必要なのでしょうか

結論を述べますと、「輸出」が田舎における唯一の生き残りの方法であり、紀南アートウィークを「輸出」のためのきっかけとするためです。アジアの田舎での経験を踏まえると、人口が縮小し内需が縮小する田舎は、貧困化するか、巨大内需を抱える国や都市に依存するか、いずれかの選択に迫られることが多くなっています。

もっとも、先程の結論とは矛盾するかもしれませんが、基本的には田舎はそのままでいい、と考えています。ただ、その土地の1%のプレイヤーがグローバル経済成長の恩恵を受ける必要があり、その恩恵をその土地に循環させる必要があると思っています。これをまさに実践しているのが田舎の現代アーティスト達でした。

紀南アートウィーク2021に登場するカンボジアの現代アーティスト達は、まさにローカルでありグローバルでもあります。幸か不幸か、現時点でカンボジア国内の現代アートマーケットはゼロと言っても過言ではありません。つまり、その作品は、生まれながら、カンボジアの外、即ち、グローバルな世界で勝負する必要があるのです。アーティスト達は作品と共に等身大のカンボジアの語り部として、全世界にその価値を輸出しています。

カンボジアの現代アーティスト達の作品は、現地の歴史文化の徹底的な調査研究の賜物であり、ローカルのエッセンスを徹底的に抽出することに何よりも時間をかけています。その土地の風土、歴史、文化等を数百年、数千年レベルに渡って掘り起こし、その文脈を踏まえながら、その本質を抽出し、それをグローバルな世界でも劣化しない強度を持つ高付加価値商品として、全世界中に輸出しています。そして、世界中で得た原資は、カンボジアのSa Sa Art Project のような地域のコミュニティの中で循環し、維持・発展するというサイクルが生まれています。

カンボジアの現代アーティスト達は、いつも「そのまま」の価値を世界に輸出しているに過ぎません。同じことが紀南地域でも実現できるのではないでしょうか?

今後、紀南地域のみならず、日本でも「輸出」の重要性が増していくことは確実です。アジアや世界の法規制に関する業務を行っていますが、日本企業の海外進出は限界を迎えつつあると感じます。各国の市場で生き残る日本企業は、もはや圧倒的に現地化に成功した企業だけであり、それには体力と人材が必要です。また、現地化すればするほど、その利益は現地での再投資に活用され、日本には戻ってきません。気付けば、日本は、一次所得収支(いわゆる配当)で成り立っている国に変わっています。そのため、人口減少とともに内需が縮小する日本においては、都市や田舎からの全世界への直接輸出を促進し、シンガポールや台湾のように貿易黒字を増やし、その原資を貧困対策や社会保障対策に充てていくことが何よりも重要になると考えています。

そのためには、全世界に輸出できる強度を持つ高付加価値商品/サービスを有すること、そして、それらを輸出する必要がありますが、その先端に位置するのが現代アーティスト達だと思います。紀南アートウィークでは、世界の現代アーティスト達の作品との出会いを通じて「なぜこの作品が数百万円や数千万円の価値があるのだろうか」、「その価値の源泉はなんだろうか」、また、現代アーティスト達の輸出の手法(70億人の中から共感を得られる人達だけに、最高の価値で購入頂くという方法)を学んでもらう場になることができればと考えています。また、専門家の人には怒られるかもしれませんが、私はアートの定義を「感動すれば、それはアート」だと理解しています。その意味では、農家でも、サラリーマンでも、弁護士でも、町長でも、総理大臣でも誰でも皆アーティストになれるはずです。アートの広さと深さを通じて、紀南の人達にも現代アーティストのように世界にその価値を輸出して頂きたい。

紀南/牟婁郡は、私が巡り住んだどの土地よりも明らかに光り輝いています。きっと実現できると思います。

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3 田舎の「真のグローバル化」が世界平和の鍵である

紀南アートウィーク2021のテーマは、上記の背景と意義を踏まえて「籠もる牟婁 ひらく紀南」としており、「(真の)グローバリゼーション」と「ローカリゼーション」の関係の再構築を試みます。「真のグローバル化」というワードに戦々恐々とされるかもしれませんが、「(真の)グローバリゼーション=ローカリゼーション」というのが私の結論です。私自身、岡倉天心のアドヴァイタ(不二一元論)や南方熊楠の多一論等の東洋思想の影響を強く受けていますが、特に、熊楠が「顕微鏡でみる細菌のミクロコスモス(小宇宙)とマクロコスモス(大宇宙)が一致している」と述べた通り、このパラドックスは、悠久の時を越えて生き続けています。

仮に、「(真の)グローバリゼーション=ローカリゼーション」が成り立つのであれば、上述した貧困化の問題も、依存の問題も解決できるかしれません。田舎が「そのまま」の状態を維持しながら、その他の国、都市、田舎と切磋琢磨しながら、多くの極を構築することができれば、世界を均衡(内戦や戦争がない状態)させることができるのではないかと考えています。まさに熊楠の思想のように、まるで森羅万象の多元性は、有機的に機能し合いながら、一つの状態で維持されるような状態です。

このように、紀南アートウィークでは、地域のローカリティを維持しながら、そのまま「真のグローバリゼーション」を実現することによって、世界の平和が実現できるのではないかという仮説を提示します。その意味において、紀南での実践は、世界の平和に直結する重要なチャレンジでもあります。

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4 紀南アートウィークの長期的な展望

紀南アートウィークの具体的な中長期計画として、本活動を一過性のものとせず、継続的な活動として参ります。ただ、日本全体における芸術祭は増加の一途を辿っており、類似した内容であれば今後は淘汰が進むものと考えています。皆様のご理解、ご協力が得られることが大前提ですが、私達の強みと将来像は次の通りです。

全世界で助成活動を行うアウラ現代藝術振興財団のグローバルネットワークに加え、宮津教授をアーティスティック・ディレクター(芸術監督)にお迎えし、国際的に活躍する作家の招聘及び展示が可能となっています。宮津教授は、世界でも有数のアートコレクターであり、世界的なアーティストへのアクセスと作品展示許可についてもご協力を容易に得ることが可能です。また、南紀白浜空港からは積極的なバックアップを頂いており、南紀白浜空港との連携によって、地元空港(移動の玄関口)という要所を押さえることができています。さらに、地元の主要な関係者との交渉においても、南紀白浜空港の誘客・地域活性化室長である森重良太氏(紀南アートウィーク実行委員会副委員長)にご同席頂き、円滑な交渉が実現しています。
 
最後に、私達の活動においては、「経済と教育の発展性」という点を特に重要視していきたいと考えています。具体的な方針は次の通りです。

(1)経済的な発展性について
一つ目は、短中期的な需要として、紀南地域においてはワーケーション受け入れを先行して行っており、そこに優位性があります。もっとも、今後、ワーケーションの競争の激化が予想されるため、従前のビーチ・リゾートに加え、地域固有の歴史や文化並びに現代アートを活用した文化的催事の実施や環境の整備などがワーケーション誘致に資する可能性が大きいと考えています。具体的には、開放的な半島の文化に加えて、内向的な「籠もる文化」を奨励し、現代アートの展示を恒常化することにより、イノベーターや研究者達の思索を刺激し、新たなアイデア創出の機会を生じさせる場にしていきたいと考えています。

また、中長期的には、紀南地域における第一次産業と第二次産業の誘致と育成に注力していきたいと考えています。第三次産業の担い手は流動的ではありますが、第一次産業、二次産業の担い手は、基本的にその土地から容易に離れることができません。高付加価値農業並びに製造業育成し、世界に向けた輸出を実現するためには、クリエイティブな視点が必要となります。さらに、地域における第一次産業の担い手に対して、歴史や文化への深堀りと普遍的なエッセンスの抽出作業の重要性を伝えつつ、歴史や文化/現代アートへの関心を高めてもらうことで、経済と歴史・文化は密接にして不可分な関係であることを地道にご理解頂きながら、地域の経済的な発展にも寄与したいと考えています。

これらの活動を通じて、本活動に対する継続的な関心と経済的持続性が得られるように、最大限努力していきたいと思っております。

(2)教育的な発展性について
二つ目は、持続可能性維持のための教育施策の強化です。

短期的には、地元のプロジェクトリーダーの選定と育成を行います。具体的には、今回の活動において現地のリーダーを選定する予定であり、広義のキュレーション及びイベント企画・運営技術の移転を行う予定です。当初は、外部から専門家を招聘する予定でありますが、その後は現地リーダーがプロジェクトを完遂できるようにサポートしていきます。

また、アートに対する関心やアクセスに限定的な地域や世代があることを踏まえると、小・中学生や高校生向けのワークショップが重要であると考えています。実際に、実行委員長の藪本の母校である富田中学校や田辺中学校では、アジアの現代アーティストの動画作品を投影し、その後ディスカッションを行いました。生徒の受け取り方は様々でしたが、既存の概念とは異なる未知の価値に触れる体験を今後も増やしていくような活動を継続していきたいと考えています。

これらの活動を通じて、紀南地域に対する地元愛や郷土に対する誇りをさらに醸成し、紀南地域の素晴らしい歴史文化を認知・体験し、紀南地域の未来の輸出の担い手を増やしていきたいというのが私達の切なる願いです。

2021年2月
紀南アートウィーク実行委員会
実行委員長 藪本 雄登