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現代美術鑑賞のためのクイックガイド – 呼吸の抽象化入門

Myanmar

ダイアナ・フトウェ / Diana Htwe(美術評論家、美術史家)

  • The Documentation Project of Contemporary Art 2020 Vol.3 / Abstraction of Breathing

呼吸は人間が生涯を通じて絶え間なく行う行為であり、とても自然なことであるので、その過程についてあまり頻繁に考えることはない。

呼吸は瞬間であり、時間そのものを測る尺度である。私たちが息を吸うと多くのものが体内で作られる。息を吐くと多くのものが死んでいく。同様に、私たちの体外でも、私たちが生きている世界でも、一つの呼吸の瞬間の中で、多くのことが起こり同時に死んでいく。

呼吸とは、循環的な継続であり、線であり、波であり、そしておそらくは、永遠に繰り返される物語である。私たちは息を吐くと、ごく自然に再び息を吸い込む。誕生-死-再生、または建設-解体-再構築、あるいは、ビルマの瞑想の実践におけるこの循環的な概念は「偶発的な出来事=解体」(“Phyit Chin- Pyat Chin” [ ဖြစ်ခြင်း- ပျက်ခြင်း])と考えられ、一見単純な呼吸のプロセスに見事に含まれる。
 
今回のミャンマーの多分野的芸術の探求「呼吸の抽象化」では、ミャンマーの現代アーティスト9名を取り上げる。アウン・ミヤット・タイがキュレーションを担当し、藪本雄登(アウラ現代藝術振興財団)とのコラボレーションにより、「呼吸」という包括的な概念を通して、アーティストとそれぞれのプロジェクトを探る。これは、私たち自身の体と私たちを取り巻く世界の中での継続的な再構築と解体の行為であり、瞬間である。
 
本プロジェクトは、オンラインや物理的な展示ではなく、ドキュメンテーション・プロジェクトであるため、作品のプレゼンテーション形式は、作品の写真やビデオ、アーティストのインタビュー、学芸員やアートライターのノートなど、実際の作品をデジタルで記録したものになる。そのため、鑑賞者は作品と同じ物理的・仮想的な空間にいるのとは異なる体験をすることができる。

Short teaser video of Abstraction of Breathing: Exploring Multidisciplinary Art in Myanmar Vol:3 Facebook

ドキュメンテーション・プロジェクトの目的は、作品の批判的な分析を促進し、アーティスト、キュレーター、アートライター、美術愛好家の間で建設的な議論を円滑にすることである。このプロジェクトではさまざまなアーティストの作品が、さまざまなメディアを通して、私たちの生活を取り巻く社会的・環境的状況とどのように関係しているかを探る。アーティストの媒体や作品の背景にある意図をよりよく理解するために、現代アートへのアプローチ方法に関する役立つガイドを以下に紹介する。
 
1) 基本情報 
まず、作品の基本情報を探してみる。作品の基本情報とは、作家・キュレーターがその作品についてすぐに伝えられる情報のことである。通常、提示された作品の横に書かれている。
●作家名、作品名、制作日、媒体、サイズ、期間、展覧会歴など。
 
2)形式的な資質
次に、作品の形式的な資質に移る。作品の形式的な資質とは、最初に作品を見たときに気づく点である。
●色、線、遠近法、質感、音など。
●鑑賞者が、作品から単純に何を見たり聞いたりしているのかを考える。例えば "この作品は、日常的な物を撮影したモノクロ写真のシリーズである。" のように、作品についての簡単な説明文を作成する。
●この時点では、可能な限り完全に客観的で一般的なものにとどめておく。時間、場所、雰囲気、社会的・政治的な文脈を作品に割り当てる必要はまだない。アウン・サン・スー・チーのように容易に認識できる人物が作品の中にいたとしても、彼女を社会政治的な環境に置く前に、まず何よりもまず一人の人間として、一人の女性として認識されるべきである。
●何よりも重要なのは、「美しい」「醜い」「良い」「悪い」などの主観的・判断的な言葉や、感情を表す言葉を使って、この時点で作品を言い表すことを避けることである。
 
3)背景
作品の形式的な資質に注目した後は、今度はこれらの視覚的な資質と作品の背景との関連性を考えるときである。これを行うための正しい方法はなく、個々の作品やアーティストによって異なる。背景に対する質問の中には、一部の作品にとっては関連性があっても、他の作品にとっては関連性がない場合もある。これを踏まえて、アートワークの「背景」とは何か、作品の背景に対する質問には以下のようなものがある。
●作者の意図。(なぜ作者はこの作品を制作したのか。)
●作品はどのように展示されているか。
●作品は何か社会的な問題に取り組んでいるのか。
●アーティストの経歴を知ることで作品の理解が深まるか。
●作品に対する鑑賞者の反応はどうか。(作品を見てどのように感じるか。 何を思い出すか。) 
●映像作品に音や時間制限の要素が含まれている場合(ビデオやパフォーマンス作品のように)、これらの追加要素は作品全体をどのように強化しているのか。
●作品の形式的な資質は、作品の意図した背景とどのように関係しているのか。
●本プロジェクトのテーマである「呼吸の抽象化」(循環的な構築と解体)は、作品にどのように反映されているのか。
●この作品は、プロジェクトにおいての他の作品/アーティストとどのように比較対照することができるか。
●重要なのは、鑑賞者が作品自体に認めた形式的な要素をもとに、作品に対する自身の解釈を導き出すことである。
 
例を挙げると、"この作品は、写真に人間の姿が写っていないことから、コロナ渦の都市の静けさについて考えさせられていると思う。写真の静けさから、呼吸する瞑想の静けさと静寂について考えさせられる。" のようになる。
 

抽象化されたメッセージ、イメージ、そして現代アートの型破りな媒体は、アートがもはや具象的なドローイングのように親しみやすいものではないと思わせることがしばしばある。多くの人にとって、コンセプチュアルな現代アートは謎に満ちた異質なものに見えるかもしれない。上記のステップは、現代アートに興味を持ちながらも、恐れを感じている鑑賞者へ現代アートを身近なものにする手助けをし、作品を楽しむための簡単な手引きであり、また、すでに慣れ親しんだ観客には、さらに適切な批評言語を身につけられるようにするためのガイドでもある。適切な鑑賞の練習をすれば、現代アートは必ずしも重い社会政治的な問題を扱っているわけではなく、時には私たちが住んでいる世界のシンプルな反映であり、(呼吸のように)私たちが生き抜くために「ただ行うこと」であることが、明白にわかるようになるであろう。

  • SoCA Documentation-project Vol.3 Essay

著者:ダイアナ・フトウェ / Diana Htwe(美術評論家、美術史家)
翻訳:藪本 雄登(アウラ現代藝術振興財団)